2.副腎白質ジストロフィーの研究の現状と研究班の取組

D.ALDモデルマウスを使った研究

ALDモデルマウスの作成

ALDがABCD1遺伝子の異常によって、ABCD1蛋白の減少で発症する事が判明してから、この疾患のモデル動物を作成して病気の原因を解明し、治療薬を開発しようという試みがなされるようになりました。

通常、遺伝子工学の手法を用いて疾患モデル動物をマウスで作ろうとする場合には、目的の遺伝子をマウスの卵母細胞に打ち込んでマウスのゲノムの中で目的の遺伝子を発現させるという、トランスジェニックマウスを作成するか、目的の遺伝子に相当するマウスの遺伝子をつぶしてしまい、遺伝子の発現を止めてしまうというノックアウトマウスの手技が用いられます。

ALDではノックアウトマウスの手技を用いてモデルマウスが作成されました(図1)。このようにして作成されたマウスからは、確かにABCD1蛋白が検出されず、また血漿中での極長鎖脂肪酸の値が上昇している事がわかりました(1,2)。

ALDモデルマウスに認められる異常

次に、このモデルマウスが本当にALD患者さんに認められるような症状や病態を示すのかどうかという事が問題となります。

マウスの寿命はどんなに長くても2年程度で、人間の寿命の30?40分の1ほどでしかありません。ところがどんなに長く飼育してみても、残念ながらマウスの脳には人間のALD患者さんによく認められる、髄鞘の脱落という現象は起こってこないし、ALDモデルマウスは手足の麻痺、つっぱり、ふらつきなどという症状も示さないのです。

この原因としてはいろいろ考えられます。例えば、人間のALDでも小児期以降から発症する症例が殆どですから、いくらマウスの寿命が2年程度であり、人と同じような極長鎖脂肪酸の異常があったとしても、その程度の期間では脱髄が起こらないのではないかという考え方をする人もあります。また、人とマウスとでは代謝系の違いがあるわけですから、極長鎖脂肪酸の異常から脱髄が起こるまでの機序に違いがあるのではないかという考えをする人もいます。

ALDモデルマウスを使った治療の試み

以上のようにALDモデルマウスは、現在までのところALDの正確な疾患モデル動物にはなっていません。しかし、極長鎖脂肪酸の異常は起こっていますので、これを指標として治療薬や治療方法を捜す事は出来ます。

例えば高コレステロール血症に用いられるロバスタチンが、ALD患者さんの極長鎖脂肪酸の異常を改善させるという報告がありましたが(3)、ロバスタチンの効果を患者さんの培養線維芽細胞やALDモデルマウスで調べてみても、残念ながらその効果は否定的でした(4)。

また、このマウスに骨髄移植を行って、ドナー由来の正常細胞がモデルマウスの内臓や、脳に移行するかどうかという検討も行われました。その結果、内臓では明らかな極長鎖脂肪酸の改善が認められましたが、脳ではその効果は充分ではありませんでした。しかし、脳組織内には明らかにドナー由来の正常細胞が少ないながら存在する事は確認され、今後この効率を高めるように手技を改善してゆく事が重要だという事がわかりました(5)。

さらに、このマウスを用いる事で治療の可能性のある薬剤の効果を調べる事が可能になりました。現在、数多くの薬剤を培養細胞でスクリーニングし、極長鎖脂肪酸を下げる見込みのある薬剤の効果をALDモデルマウスで調べるという方法で、治療薬を捜す試みがなされています。 (古谷博和、大牟田病院 神経・筋センター 神経内科)

文献

  1. Kobayashi T, Shinnoh N, Kondo A, Yamada T. Adrenoleukodystrophy protein-deficient mice represent abnormality of very long chain fatty acid metabolism. Biochem Biophys Res Commun. 27; 232(3):631-636 (1997)
  2. Lu JF, Lawler AM, Watkins PA, Powers JM, Moser AB, Moser HW, Smith KD. A mouse model for X-linked adrenoleukodystrophy. Proc Natl Acad Sci U S A. 19; 94(17): 9366-9371 (1997)
  3. Singh I, Khan M, Key L, Pai S. Lovastatin for X-linked adrenoleukodystrophy. N Engl J Med. ; 339(10): 702-703 (1998)
  4. Yamada T, Shinnoh N, Taniwaki T, Ohyagi Y, Asahara H, Horiuchi, Kira J. Lovastatin does not correct the accumulation of very long-chain fatty acids in tissues of adrenoleukodystrophy protein-deficient mice. J Inherit Metab Dis.; 23(6):607-614 (2000)
  5. Yamada T, Ohyagi Y, Shinnoh N, Kikuchi H, Osoegawa M, Ochi H, Kira J, Furuya H. Therapeutic effects of normal cells on ABCD1 deficient cells in vitro and hematopoietic cell transplantation in the X-ALD mouse model. J Neurol Sci. ;218(1-2):91-97 (2004)
図1.ノックアウトマウスの作成